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東京高等裁判所 昭和50年(行コ)42号 判決

控訴人・原告 株式会社ストロングライフカプセルズ

訴訟代理人 木川統一郎 外六名

被控訴人・被告 厚生大臣 渡辺美智雄 外一名

指定代理人 小沢義彦 外九名

主文

原判決中控訴人の被控訴人厚生大臣に対する請求を棄却した部分を取り消す。

被控訴人厚生大臣が昭和四四年五月七日付で控訴人に対してした毒物・劇物輸入業の登録の申請を拒否する旨の処分を取り消す。

控訴人の本件控訴中その余の部分を棄却する。

訴訟費用は、第一、二審を通じ控訴人と被控訴人国との間に生じた部分は控訴人の負担とし、控訴人と被控訴人厚生大臣との間に生じた部分はこれを二分し、その一を控訴人の負担としその余を同被控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は、「原判決を取り消す。被控訴人厚生大臣が昭和四四年五月七日附でした控訴人申請による毒物及び劇物取締法四条一項に基づく毒物劇物輸入業の登録を拒否する旨の処分を取り消す。被控訴人国は控訴人に対し金六〇五二万八、〇〇〇円及びこれに対する昭和四四年七月一六日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの負担とする。」との判決を求め、被控訴人ら代理人は、「本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人の負担とする。」との判決を求めた。

当事者双方の主張並びに証拠の提出、援用、認否は、次のとおり付加、訂正するほか、原判決の事実摘示と同一(但し、原判決三三丁表五行目の「被告」を「被告ら」と改める。)であるから、ここにこれを引用する。

(控訴人の陳述)

(一)  被控訴人らは、ストロングライフのブロムアセトンを収納するカートリツジが毒物及び劇物取締法五条にいう「設備」に当ると主張し、そのことを前提として、ストロングライフは、その内容物を「飛散」させることにその使用目的が存するのであるから、明らかに、登録基準に適合しないものである、という。しかし、ストロングライフのカートリツジは、内容物を収納する用器ないし器具であつて法五条にいう「設備」ではない。したがつて、控訴人の輸入業の登録の申請は、仮りにストロングライフが人畜に危害を与えるという理由では拒否できないとしても、右のごとくストロングライフが登録基準に適合しないということから拒否されるべきであるとする被控訴人らの主張は、その理由がない。

なお、被控訴人らの当審における後記仮定的主張は、これを争う。

(二)  本件拒否処分は、被控訴人厚生大臣の故意又は過失に基づく違法な公権力の行使である。

(三)  ストロングライフ一本当りの仕入価格は一、三五〇円、販売価格は一般代理店に卸売する場合三、〇〇〇円、大口需要家に卸売する場合一、五〇〇円(但し、手取り価格)、小売店へ直接販売する場合五、〇〇〇円以上であるが、当時、控訴人は、ストロングライフを取り敢えず三〇万本輸入することとしており、そして、輸入したものは、その全数量を、しかも、宣伝費、施設費、人件費等の経費をほとんど必要とすることなく、短期間内に売り尽すことができる事情にあつたのであるから、その売上純利益は、少なく見積つても一億円を下ることはない。

もつとも、右の事情は、民法四一六条二項にいう「特別の事情」に該当するとはいえ、被控訴人国は、その事情を予見し又は予見することができたはずであるから、控訴人は、右被控訴人に対し、本訴において取り敢えず、右損害金のうち六〇五二万八、〇〇〇円の賠償を請求する。

(被控訴人らの陳述)

(一)  仮りに控訴人の申請に係る営業所の設備が毒物及び劇物取締法五条所定の登録基準に適合しないものと認められないとしても、同法は、その一五条の二において、毒物若しくは劇物の廃棄方法を規制し、それを受けて政令四〇条は、その方法の具体的基準を規定し、違反者には三年以下の懲役若しくは五万円以下の罰金が課せられることとなつているが、ストロングライフは、劇物たるブロムアセトンを直接人体に危害を加える方法で少量ずつ廃棄することそれ自体を使用目的とするものであるから、法一五条の二の規定に違反し、この点からも、控訴人の輸入の登録の申請は、拒否されるべきである。

(二)  控訴人の主張する損害の額は否認する。

控訴人の主張する逸失利益なるものは、単なる期待的利益にすぎず、殊に、三〇万本という販売数量は、希望的な計画にとどまり、ゲアハルトハイマン社との間にそれだけの数量の輸入契約が現実に成立していたわけではないこと等を考慮すれば、全体として、合理的な根拠に基づくものでないことが明らかである。

(証拠関係)〈省略〉

理由

まず、本件拒否処分の適否について判断する。

ストロングライフは、催涙剤ブロムアセトンの四パーセント稀溶液をポケツトサイズのカートリツジに充填して霧状に噴射させる護身用具であるが、ブロムアセトンが昭和四〇年一〇月の毒物及び劇物指定令の改正により劇物に指定されたため、ストロングライフを輸入するについては、毒物及び劇物取締法三条二項、四条一項の規定に則り、厚生大臣による輸入業の登録を受けなければならないこととなつた。そこで、控訴人は、ストロングライフを西ドイツのゲアハルトハイマン社から輸入するについて、昭和四一年六月一一日被控訴人厚生大臣に対し輸入業の登録を申請したところ、同被控訴人は、昭和四四年五月七日附をもつて、「ストロングライフは、劇物であるその内容液を人又は動物の眼に噴射し、その薬理作用によつて永続的なものではないとしても諸種の機能障害を生じさせ、開眼不能の状態に至らしめるものであり、かつ、それ以外の用途を有しないものである。」との理由に基づき、控訴人の登録の申請を許さない旨の本件拒否処分をした。以上のことは、いずれも、当事者間に争いがない。

いま、本件に適用さるべき法令の規定をみるのに、毒物及び劇物取締法は、三条において、毒物及び劇物につき、その製造業の登録、輸入業の登録又は販売業の登録を受けた者でなければ、毒物又は劇物を販売又は授与の目的で製造したり、輸入したり、販売若しくは授与したり、又は、販売若しくは授与の目的で貯蔵し、運搬し、若しくは陳列してはならない、と規定し、また、その五条において、「厚生大臣(製造業又は輸入業の登録を行なう。)又は都道府県知事(販売業の登録を行なう。)は、毒物又は劇物の製造業、輸入業又は販売業の登録を受けようとする者の設備が、厚生省令(同法施行規則)で定める基準に適合しないと認めるとき……は、第四条の登録をしてはならない。」と規定し、それを受けて、同法施行規則四条の四は、輸入業の営業所の設備の基準として、「二毒物又は劇物の貯蔵設備は、次に定めるところに適合するものであること。イ毒物又は劇物とその他の物とを区分して貯蔵できるものであること。ロ毒物又は劇物を貯蔵するタンク、ドラムかん、その他の容器は、毒物又は劇物が飛散し、漏れ、又はしみ出るおそれのないものであること。ハ貯水池その他容器を用いないで毒物又は劇物を貯蔵する設備は、毒物又は劇物が飛散し、地下にしみ込み、又は流れ出るおそれがないものであること。ニ毒物又は劇物を貯蔵する場所にかぎをかける設備があること。ただし、その場所が性質上かぎをかけることができないものであるときは、この限りでない。ホ毒物又は劇物を貯蔵する場所が性質上かぎをかけることができないものであるときは、その周囲に、堅固なさくが設けてあること。三毒物又は劇物を陳列する場所にかぎをかける設備があること。四毒物又は劇物の運搬用具は、毒物又は劇物が飛散し、漏れ、又はしみ出るおそれがないものであること。」と規定している。

もともと、毒物又は劇物といえども、本来は、何人も、自由にこれを製造したり、輸入したり、販売したりすることができるはずである。しかるに、右のような法の規定が設けられるに至つたのは、毒物又は劇物がその薬理作用によつて人畜に被害を与える危険性の大であることに鑑み、その危険を防止するため、法は、その製造、輸入、販売を業として行なうことを一般的に禁止し、一定の要件を具備する申請人に対してのみ営業の登録を認め、適法に毒物又は劇物を取り扱うことができるとしたものである。したがつて、同法にいう「登録」は、講学上の広い意味における「許可」に相当し、申請人に対し右の一般的禁止を解除して適法に当該行為をなし得る自由を回復せしめるものであり、特許のように新たに権利を設定するものではない、といわなければならない。

ところで、職業選択の自由は、憲法の保障するところであつて、国民は公共の福祉に反しない限り、自由に職業を選択し、それを遂行する権利を有するものであり、右のように法が毒物及び劇物の営業を一般的に禁止し、その解除を登録にかからしめていることは、国民の営業の自由を制限するものであるから、かかる自由の制限は、必要最小限度にとどめるべきである。また、普通の許可にあつては、許可を与えるべきかどうかについて行政庁に或る程度の裁量の余地が残されている場合もあり得るが、登録にあつては、その性質上、法律の定める要件を具備する申請人に対しては、登録を拒否することができない拘束を行政庁に課する趣旨が含まれているものと考えるべきである。したがつて、法五条は、登録の申請を拒否し得る場合を、申請に係る営業所等の設備が同法施行規則四条の四所定の基準に適合しないと認められるときだけに限定するとともに、いやしくもその設備が右の基準に適合しないと認められない以上、厚生大臣又は都道府県知事は、営業の登録を行なわなければならない旨を定めた規定である、と解するのが相当である。このことは、法五条が「設備が、……に適合しないと認めるときは、登録をしてはならない。」といわば消極的な規定の仕方をしているということによつて、左右されるものではない。

なお、被控訴人らは、これに対し、申請に係る営業所等の設備が規則四条の四所定の基準に適合しないと認められない場合であつても、その登録を許すことによつて、設備が右の基準に適合しないと認められて登録の拒否される場合以上に、国民の保健衛生に重大な危害を与える虞れがあるときは、毒物及び劇物を取締る法の趣旨・目的に照らし、厚生大臣又は都道府県知事は、法五条、規則四条の四を類推適用して、登録の申請を拒否することができると解すべきである、と主張する。しかし、法は、毒物又は劇物の営業につき、単に輸入業又は製造業を取締るばかりでなく、販売業をも規制しているので、毒物又は劇物が直接国民の手に渡る段階において、その販売方法に適切な条件を附すること等により危害を未然に防止することができるものというべきであるが、仮りに、この点は度外視し、前叙のごとき見解の下では、被控訴人らの挙示するような不都合な事態の生ずることがあるとしても、それは、所詮、立法の問題であつて、そのことから被控訴人ら主張のような類推解釈を導き出すことは、前記登録制度の趣旨に徴し、厳に許されないところであるといわなければならない。

また、ストロングライフのブロムアセトンを収納するカートリツジが法五条の「設備」に当るという被控訴人らの見解のとり得ないことも、多言を要しないところである。

それ故、被控訴人厚生大臣が、冒頭認定のごとく、その設備が法定の基準に適合しないと認められるということ以外の理由に基づき、控訴人の輸入業の登録の申請を許さなかつた本件拒否処分は、明らかに、法五条の解釈適用を誤つたものであつて、到底、その取消しを免かれない。

次に、控訴人の損害賠償の請求について判断する。

控訴人は、判決で本件拒否処分が取り消されることにより、輸入業の登録が行なわれた場合と同様、控訴人が当初から適法にストロングライフを輸入することができる地位を回復し得るものと考え、そのことを前提として、被控訴人国に対し、本件拒否処分のなされたことによる損害として、輸入できなくなつたストロングライフの売上純利益の喪失の賠償を求めるものであること、記録上疑いを容れないところである。

しかし、登録の申請に対する拒否処分が判決によつて取り消されても、単に拒否処分がなかつたのと同じ状態、いいかえれば、申請が当該行政庁に有効に係属している状態が作出されるにすぎず、申請に係る登録が行なわれたのと同じ効果が生ずるわけではない。もつとも、この場合、その処分をした行政庁は、「判決の趣旨に従い、改めて申請に対する処分をしなければならない」拘束を受けることは、行政事件訴訟法三三条二項の明定するところであるが、それは、判決が違法であるとしたのと同一の理由-本件についていえば、輸入業の営業所の設備が法所定の基準に適合しないということ以外の理由-に基づいて、行政庁が同一人に対し同一の処分をすることを禁止する趣旨であつて、他に申請を拒否すべき理由-本件についていえば、その設備が法所定の基準に適合しないという理由-がある場合には、行政庁がその別の理由に基づいて同一人に対し同一の処分をすることを妨げるものではない。もつとも、この点について、控訴人は、控訴人の申請に係る営業所の設備が法所定の基準に適合していたと主張するけれども、右の事実は、被控訴人らの否認するところであるばかりでなく、もともと、被控訴人厚生大臣において、これにつき適法な審理判断を加わえていないことは、本件弁論の全趣旨に徴して明らかである。したがつて、本件において、判決により本件拒否処分が取り消されたからといつて、実質的にも、控訴人のために輸入業の登録が行なわれたものとして取り扱うことは、到底許されないといわなければならない。

それ故、控訴人の右損害賠償の請求は、すでにその前提において失当であつて、採用の限りでない。

よつて、控訴人の本件拒否処分の取消しを求める請求は正当として認容すべきであるが、損害賠償を求める請求は失当として棄却すべく、控訴人の右処分取消請求を排斥した限度において原判決は失当で本件控訴は理由があるので原判決を取り消すこととし、右の限度を超えて控訴人の右損害賠償請求を排斥した点において、原判決は相当で本件控訴は理由がないので控訴を棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法九六条、九二条、八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 渡部吉隆 裁判官 古川純一 裁判官 柳沢千昭)

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